【結論】手続き中の転職・昇給は可能。ただし報告が必須
自己破産の手続きを進めている最中に、「給料の良い会社に転職したい」「会社から昇給の打診があった」という状況になることがあります。「収入が変わると手続きに不利になるのでは?」と不安に思う方も多いですが、正しい手続きを踏めば問題ありません。現役の破産管財人の視点から、手続き中の転職や昇給が与える法的な影響と、実務上の注意点について客観的な事実を解説します。
自己破産の全体像については、「自己破産の基礎知識」で体系的に解説しています。
まず、この記事の結論を簡潔にお伝えします。
- 【事実】自己破産の手続き中であっても転職は自由にでき、それ自体が不利になることはありません(※破産法上の資格制限を受ける職業を除く)。
- 【事実】昇給によって収入が増えることは、「経済的に更生できる見込みが高い」と評価されるため、プラスに働きます。
- 【事実】転職に伴って「退職金」を受け取った場合は財産として扱われるため、担当弁護士および破産管財人への速やかな報告が義務付けられています。
以下で、これらの点について詳しく掘り下げていきましょう。
自己破産手続き中の転職は法律上、全く問題ありません
「自己破産を申し立てたら、今の会社を辞められないのではないか」と心配される方がいらっしゃいますが、そのような法律はありません。原則として、手続き中であっても転職は自由に行えます。
「職業選択の自由」は破産手続き中でも保障される
日本国憲法第22条第1項では、すべての人に「職業選択の自由」が保障されています。これは、自己破産という法的な手続きを利用しているからといって、不当に制限されるものではありません。
自己破産の目的は、あくまで債務者の経済的な再出発を支援することです。より良い労働条件を求めて転職することは、まさにその目的に沿った前向きな行動といえるでしょう。したがって、法律上、転職すること自体をためらう必要は全くありません。
注意:資格制限の対象となる職業への転職
ただし、例外として注意が必要なのが「資格制限」です。自己破産の手続きを開始すると、免責許可が確定するまでの一定期間、特定の資格を用いて業務を行うことができなくなります。
例えば、以下のような職業が該当します。
- 警備員
- 保険募集人(保険外交員)
- 宅地建物取引士
- 貸金業者の役員や従業員
これらの職業は、他人の財産を扱ったり、高度な信用が求められたりするため、一時的に業務が制限されます。もし、これらの資格制限を受ける職種への転職を考えている場合は、手続きのタイミングを慎重に検討する必要があります。
参照:警備業法
最大の注意点:転職に伴い発生する「退職金」の扱い
転職自体は問題ありませんが、実務上、最も注意しなければならないのが「退職金」の扱いです。退職金の有無やその金額は、自己破産の手続き、特に管財事件において財産の評価に大きな影響を与えます。
在職中の退職金の扱いについては、支払われた後と前とで評価が大きく異なる点を理解しておく必要があります。
支払われた退職金は「現金・預貯金」として扱われる
転職によって退職金が実際に口座へ振り込まれたり、現金で受け取ったりした場合、そのお金は法的に「退職金」ではなく「預貯金」または「現金」という財産に性質が変わります。ここが非常に重要なポイントです。
そして、自己破産の手続きでは、個別の財産項目ごとにその価値が評価されます。例えば、福岡地方裁判所小倉支部の実務運用では、預貯金は20万円を超えると全額が原則として破産管財人による換価(財産を金銭化して配当等に充てる手続)の対象となり、債権者への配当に充てられる可能性があります。こうした自由財産拡張の運用は裁判所によって異なるため、専門的な判断が不可欠です。
在職中の「退職金見込額」との違い
まだ会社に在籍しており、退職金が支払われていない段階では、財産の評価方法が異なります。この場合、「現時点でもし自己都合で退職した場合に受け取れるであろう退職金の額(退職金見込額)」を基準に計算します。

具体的には、退職金見込額の8分の1(場合によっては4分の1)の金額が、財産としての評価額となります。例えば、退職金見込額が160万円であれば、その8分の1である20万円が財産価値とみなされます。
このように、退職金が支払われる前と後では、財産としての評価額が大きく変わる可能性があります。転職のタイミングを自己判断してしまうと、手元に残せる財産が大きく減ってしまう事態も起こり得るため、必ず事前に弁護士へ相談することが重要です。
昇給・賞与(ボーナス)の影響と厳格な報告義務
手続き中に給与が上がること(昇給)や、賞与(ボーナス)が支給されることもあります。「収入が増えたら、借金を返せると判断されて自己破産できなくなるのでは?」と心配されるかもしれませんが、これも誤解です。
むしろ、収入が増えることは、今後の生活を安定して再建していく「経済的更生の見込みが高い」と評価されるため、手続き上はプラスの要素と捉えられます。収入が増えたという事実だけで、直ちに自己破産が認められなくなるわけではありません。
しかし、特に破産管財人が選任される管財事件では、申立人は収入と支出を「家計収支表(家計簿)」などの形で整理し、管財人の指示に従って定期的に報告する必要がある場合もあります。昇給によって給与額が変わった事実や、賞与が支給された場合はその金額と主な使い道について、正直に報告しなければなりません。これは手続きの透明性を確保するために非常に重要なプロセスです。
【管財人の視点】なぜ報告が重要か?隠蔽は免責不許可に直結
現役の破産管財人を務める弁護士として、申立人の方々の経済状況を審査する立場から最も強調したいのは、「報告の重要性」です。転職や昇給に関して、最も避けるべき行為は「黙っていれば発覚しないだろう」と考えて報告を怠ることです。
破産管財人は、申立人から提出された通帳の写しを精査します。給与の振込元が前の会社から新しい会社に変わっていれば、転職した事実はすぐに分かります。振込額が増えていれば、昇給があったことも推測できます。また、必要に応じて市区町村から課税証明書などを取り寄せることもあり、収入の変動を客観的な資料から把握することは難しくありません。
もし、これらの事実を意図的に隠したり、受け取った退職金を報告せずに費消してしまったりすると、どうなるでしょうか。それは、破産管財人の調査に協力しない「説明義務違反」や、財産を隠す「財産隠匿」とみなされる可能性があります。
これらは免責不許可事由という、自己破産における最も重いペナルティの対象となります。免責が許可されなければ、破産手続によって債務の支払義務が免除されないため、手続きにかけた時間と費用が無駄になってしまうという、最悪の結果を招きかねません。報告義務は、ご自身の未来を守るためのルールなのです。
参照:破産法
手続き中の転職・昇給に関するよくあるご質問
Q. 転職活動で一時的に無職になりますが大丈夫ですか?
A. 無職であるという事実だけで、自己破産ができなくなるわけではありません。重要なのは、今後の生活の見通しを裁判所や管財人に誠実に説明できるかどうかです。
したがって、転職活動の状況(どのような企業に応募しているか、面接の予定など)を定期的かつ正直に担当弁護士へ報告し続けることが求められます。真摯に就職活動に取り組んでいる姿勢を示すことが、経済的更生への意欲の証明となります。
Q. 収入が不安定な時期の費用支払いはどうなりますか?
A. 当事務所では、弁護士費用の分割払いに対応しております。転職活動などで一時的に収入が減少したり、不安定になったりする場合でも、ご状況に合わせて無理のない範囲でお支払い計画を調整することが可能ですので、ご安心ください。
まとめ:収入の変化は正直な申告が不可欠。まずはご相談を
自己破産の手続き中に、より良い条件を求めて転職したり、現在の職場で昇給したりすることは、経済的な再出発を目指す上で決して悪いことではありません。
しかし、それに伴う収入や財産(特に退職金)の変動を、隠すことなく専門家へ正直に報告し、法的なルールに沿って適切に処理することが、免責許可を得て生活再建を進めるために、非常に重要な条件です。
手続き中の生活環境の変化は、ご自身だけで判断せず、必ず専門家へ相談してください。転職や収入の変化が見込まれる場合は、給与明細や退職金規定などの客観的な資料をお持ちの上、小倉の事務所へ直接ご相談にお越しください。実務の事実に基づき、正確な見通しをお伝えします。

北九州・小倉の法律事務所「平井・柏﨑法律事務所」で、暮らしに寄り添った法的サポートを行っています。債務整理、離婚問題や不倫慰謝料請求、交通事故など、身近な悩みに丁寧に耳を傾け、安心できる解決を目指しています。小倉駅から徒歩5分、アクセスも便利。地域のみなさまが気軽に相談できる場所でありたいと考えています。
